「きみの歌が聞きたい」野中柊 [読書]
ビジューとはフランス語で「宝石」のこと。
でも、それほど高価でもない天然石・珊瑚やパールをさすのだそうだ。
美和は結婚しているので、利益は絵梨のマンションの家賃、生活費、アクセサリーの材料費、そしてふたりがささやかな贅沢ができれば、それで満足、そんな感じ。
彼はあちこちを泊まり歩いて、一箇所に居つくことがない生活をしている。
夜の街をふらつく絵梨。
ルーティーンを守り続ける美和。
家無き子ミチル。
その硬質な手触りや、なめらかな温度や、光を受けて輝く様、そんなものまで見えるような気がした。
無機質なものだけど、人はそこに意味を見つけようとする。
切なかった。
「ネクロポリス」恩田陸 [読書]
恩田さんらしいミステリーというのかファンタジーというのか。
そういうお話です。
V.ファーという、架空の国が舞台。
位置的には補陀洛との関わりが触れられていたから、日本から見て太平洋の沖合いだろうか。
香港の日本版、みたいな。
日本とイギリス文化が混じった不思議な国。
そのV.ファーにある、アナザー・ヒルで、毎年行われる「ヒガン」。
そこには「お客さん」として死者が訪れる…
でも、今年はいつもと少し違う。
なぜなら、ここ2ヶ月ほどV.ファーを騒がしている血塗れジャック。
そう、切り裂きジャックを髣髴とさせる猟奇殺人事件が連続して起きていたから。
被害者が「お客さん」としてアナザー・ヒルに帰ってきたら、被害者の口から真実が聞ける。
なぜなら「お客さん」は嘘をつかないから。
東京大学の大学院生ジュンイチロウ・イトウは親戚がV.ファーにいるので、今年初めてヒガンに参加するため、アナザー・ヒルを訪れる。
おしゃべり好き・ゴシップ好きな国民性のV.ファーの人たちと共に。
そのジュンイチロウがアナザー・ヒルの入り口である巨大なトリイに差し掛かったとき、トリイには血塗れジャックの仕業と思われる死体がぶら下がっていた…
興味をそそられる設定、話の展開に、わくわくして上巻を読み、残りページを気にしながら更に読んだ下巻…
なぜ、残りページを気にしながら読んだかというと、恩田さんの本が好きな方ならわかってもらえるかと思うのですが、果たしてこの結末は収まりがつくのか、という不安が大きくなっていくからです。
案の定、というか最後は拍子抜けして終わった感じがしましたが。
これだけ広げた謎、主人公の活躍なしで解決って…と、思ってしまったのが正直なところです。
あっさり戻ってくるなら、何のために大げさなふうで家を出て水路を回っていったのさー!
と、思ったり。
ただ、こういう世界観、舞台設定はさすが恩田さんだなぁと思いました。
イギリスの文化に日本の文化が混じったら、こんな感じなのかなぁ、とわくわくしました。
「風に舞いあがるビニールシート」森絵都 [読書]
ようやく図書館の予約がまわってきた~と思ったら。
直木賞受賞していました。
わたしにとってはどれも意表をつく展開だったので、それぞれ楽しめたり泣けたりした6編でした。
自分の仕事、仕事って。。。という立ち位置を考えてしまいました。
始めるきっかけや、その仕事の大小、そういうことではなくて。
この不条理の原因は実は自分?「器を探して」
意表をつかれた「犬の散歩」
社会人学生のレポート代筆屋「守護神」
若いから、おっさんだからって一くくりにしてしまうの、反省「ジェネレーションX」
仏像の修復師という独特の厳しい世界「鐘の音」
そして表題作、「風に舞いあがるビニールシート」。
舞いあがるビニールシートを、この手でしっかりと捕まえなければ。
題名からは、ちょっと想像がつかない話でした。
人にはそれぞれの大切なものがあり、それは当然他の人とは違うから。
時にぶつかったり、すれ違ったり、理解してもらえなかったり、だけど刺激を受けたり。
悲しかったり、切なかったり、でも元気をもらったり。
そんな気がします。
国連難民高等弁務官事務所もそうですが。
仏像修復師も、名前は知っているけれども、実際にどんなことをしているのかよくわからなかったのですが。
この世界は、いろんな人がいろんな仕事をして支えているのだな、と改めて思いました。
「はるがいったら」飛鳥井千砂 [読書]
確か、何かの書評で褒められていたような気がしたなーと思って手に取りました。
完璧主義者の姉・園。
着道楽で、この日にはこういう格好!という確固たる想いにそれもあらわれている。
それが行き過ぎて、他人のファッションチェックが厳しすぎたり。
食生活にもその完璧主義振りがあらわれていて、コンビニ弁当なんてもってのほか。
そんなデパートの総合受付嬢。
病弱な弟・行。
病弱なせいで1年留年しているが、進学校の優等生。
熱くなることなく、何でもそつなくこなしてきた。
そんな高校3年生。
そして、14歳の老犬・ハル。
子供の頃、公園で拾ってきた犬だが、今は介護が必要の寝たきり生活ををしている。
春に拾ったから、ハル。
両親の離婚で、今は離れ離れに暮らす姉弟。
行の入院によって、老犬・ハルは園が1人暮らしする部屋に引き取られる。
行がそれまでしていたように、部屋には尿の吸収シートを敷き、ハルの最期の日々をみる。
この二人を取り巻くのは個性的で人間味あふれる人たち。
ヤンキー崩れの義兄(父の再婚相手の息子)。
姉弟の隣家に育ち、今は婚約者がいるのに園とも付き合う幼馴染。
水曜日に現れるピンクの魔女。
園に執拗な嫌がらせをする同僚。
その嫌がらせの犯人を発見する、園の隣人。
建築を強く志望している、行の同級生。
・・・離婚した両親、父の再婚相手までも、一見こういう人、と思った後に、こういう面もあるんだ、と新たに発見し。
そして、自分もこういう人間のつもりだったけど、人からはこういうふうにも見られてしまうんだ、と。
そして、ハルとの別れ。
そういういろんなことが、でも、マイナスじゃないと思えました。
善意に見せかけた悪意もある、悪意のつもりはないけど人を傷つけたり追い込むこともある。
関係ありませんが。
わたしも園ちゃん同様、香水の香り、苦手です。
雑誌で香水の特集見るたびに、ネットのコラムで「香水は礼儀」みたいな記述を読むたび、わたしは暗澹たる気分になります。
(大げさ?)
本当はその香りの違いに気がついたり、それを「いいね」と褒めてあげられる人になりたいと思ってはいるのですが、いいと思わないといいとは言えない不器用さをこの年になっても引きずってます^^;
「かもめ食堂」群ようこ [読書]
ご存知、小林聡美さん主演の映画のために群ようこさんが書き下ろした本です。
(映画のために書き下ろしたのは初めてなんですって)
ヘルシンキの街中にひっそりとある「かもめ食堂ruokala lokki」。
厳しい武道家の父をもち、素材の味を(そして作る人の心を、食べる人の気持ちを)大事にする家庭料理を提供するお店を持ちたいと考えていたサチエが開いたお店だ。
亡き母が作ってくれたような。
最初は地元の人に遠巻きにされていたかもめ食堂。
日本オタク(特にガッチャマン)のトンミくん、そして本屋さんで出会ったミドリさん、荷物が届かないマサコさん、夫に出て行かれたリーサさん、愛する娘のために泥棒から足を洗おうとするマッティ。
そうして気がつくとかもめ食堂は、常ににぎわうお店になっていた…
サチエは自分の胸に抱いた夢のお店のためにまっすぐ生きている。
そして、運動会や遠足の日に、無骨な父が作ってくれたおにぎり。
「いつも自分で作って自分で食べているんだろう。おにぎりは人に作ってもらったものを食べるのがいちばんうまいんだ」
なんて、ズバリな言葉なんだろう。
人の手で握るおにぎりという食べ物の、その美味しさは、きっとそこにある。
なかなかフィンランドの人には受け入れられないけれど、それでもいつかその美味しさを理解してもらえると思って、サチエはお客さんにおにぎりを勧め続ける。
決して見知らぬ人にフレンドリーと言えないフィンランド人に。
でも、徐々に、徐々に心は伝わっていくんじゃないかな。
効果は、目にはすぐ見えないんじゃないかな。
サチエもミドリもマサコも、そのまま小林聡美・片桐はいり・もたいまさこが目に浮かぶよう。
おにぎりが食べたくなります。
そして、わたしは行ったことがない、遠いフィンランドという国の空気を吸いたくなります。
ということで、東京唯一(?)のフィンランド料理屋さんに行く計画を練ってます。
付き合ってくれそうな友達を口説き中♪
「きよしこ」重松清 [読書]
実は読んだのは、ちょっと前です。
blog書いたんですが、So-netったら更新できなくって記事消えちゃって。
でも、やっぱりこれは書きたい本です。
吃音の少年の、成長記…って言って終わっていいのかな。
ある日届いた、吃音の息子を励ましてほしいという母親の手紙。
だけど、彼はあえて返事は出さず、そしてこのお話は生まれる。
自分の心を他の人に伝えようとするとき、上滑したり適切な言葉を選ぶことができないことのほうが多いのに。
少年が行く先々の町、そして彼の周囲の人々。
年齢とともに周囲の受け止め方の違いも、少年は敏感に感じている。
そのどれも仕方がないことで、陥りやすいことで、それがわかるから少年も傷ついて。
きっと正しいことってとっても難しくて・・・でも生きていて。
そんな気がした。
彼を愛する母親も、彼女も、友達も、誰も。
原因がわかろうが、それまでに何があろうが(矯正教室に通おうが、転校が多かろうがなかろうが)、きっとそれは構成要素でしかなく。
というかきっとそういうことではなくって。
少年が見つけた「きよしこ」という友達は、はかり知れない救いだったのだと思う。
本当に何が言いたいのかわからない(読み終わった直後も、しばらくたった今も)のですが、人に伝えるということを考えてしまった本でした。
本とは直接関係ありませんが。
今のわたしにとって吃音というと、営業のbonちゃんが一番に浮かびます。
普段も出るけど、お客さんと何かあったときは特に吃音が出ます。
いつも電話で励ましながら話を聞いてました。
そんなbonちゃん、でも話してコミュニケーションをとることが大事な営業としてがんばっています。
それが認められて、この4月に横浜に異動して行きました。
bonちゃんのばあや(営業アシスタント)を1年半やっていた身としては、ちょっと淋しいです。
でも、bonちゃんの仕事が評価された結果なんだよ。
ばあやはいつでもbonちゃんの味方です。
「あなたのそばで」野中柊 [読書]
わたしの場合、あんまり関係なく今日1日過ぎましたが。
今日はバレンタイン・デイでしたね^^
そんな季節だからか、ついついこんな本を読みました。
いろんな恋にまつわる連作。
前のお話にちょっとだけ出てきた人が、次のお話の主人公となる。
年の差、立場の違い、未婚・既婚…
恋って、いろんなものが関係ないんだな。
「好き」っていう気持ちを、素直に持てることこそが、きっと心の健康なんだ。
そんな感じ。
いい場面で、さまざまな印象的な食べ物が登場する。
最近、本を読んでいて気になるのは食事シーン。
というか食べ物の登場の仕方。
多分。
食べ物って人間の基本だから。
美味しく食べることが、まず幸せなことだから、なんでしょうね。
「北緯四十三度の神話」浅倉卓弥 [読書]
大学の研究室で助手をする菜穂子と、地元局のDJ和貴子姉妹。
普通に仲のいい姉妹に見える二人だが、どこかギクシャクしたものを抱えている…
和貴子の恋人であり、菜穂子の中学からの同級生である樫村の死、3年たっても和貴子はその傷から立ち直っていないよう。
ピンクレディーを二人で踊ったという仲良し姉妹の間に、微妙な距離が、どうしても埋められない距離がある。
中学生の時に両親を事故で亡くし、そこから二人はそれぞれ一人の人間としての道を歩き始めていたのだろう。
しかも樫村が亡くなることによって、それは新たな側面として二人の前に突きつけられる。
基本的には姉・菜穂子の視線で話は進むが、途中にはさまれる和貴子とリスナーの言葉のやりとりがとてもいい。
リスナーに回答する形で、和貴子は自分の気持ちを吐き出していく。
姉を自分の嫉妬や軽い憎しみの練習台にしてしまっていたの-。
なかなか言える言葉ではないと思う。
そのまっすぐな言葉に耳を傾けているリスナーの気持ちに、わたしまで同調していくよう。
一度もきちんと登場していないけれど、工藤君、とてもいい人なんだろうなって思えて、なんだか最後にとても安心できた。
それぞれの道を歩いている姉妹だけど、大人になって、いい関係をこれから築いていくんだね。
浅倉さんは不思議な事象を描くイメージが強いけれど、今回は雪の街のしんとした雰囲気がとても印象的。
この前、札幌に行ったせいか、余計に情景が浮かぶようでした。
「てるてるあした」加納朋子 [読書]
わたしの中で、「害のない作家」それが加納朋子さん。
読む本見つからないなー、あんまりキツイ本読む気分じゃないなーって時、ついつい手にしてしまいます。
信じられない浪費家の両親のせいで、せっかく合格した高校に進学できず夜逃げするはめになり、しかもたった一人で「遠い親戚」佐々良という田舎町の久代さんのもとに転がり込むことになった照代。
久代は元教師だけあって照代に厳しく接し、照代は慣れない生活をスタートさせる…
佐々良…そう「ささらさや」と同じ舞台。
あの登場人物たちが脇を固めます。
この照代という女の子が、最初「どうしてわたしばっかり」という卑屈な態度で、「ああ、これが最後には佐々良の人たちと接することによって、心がほぐれていく話だね」って予想がつきます。
それでも泣かせどころでは、泣いてしまいましたが^^;(思う壺ってヤツですよね)
良かったねでも泣くタイプなんですよ。
不思議な出来事に関しては、ああそうねって程度の解決で、多分そんなに重要じゃないのだと思います。
それまで没交渉だった親と子、それと世代の違う人たち、その関わりを通して大人になっていく照代を応援したくなるのだと思います。
わたしは「ななつのこ」の駒子みたいな子はイライラするばっかで、好きになれないけれど、ひねくれた照代の方が親近感がもてます。
それは自分の中にもある卑屈な部分やゆがんだ部分、鬱屈した部分を、同属嫌悪しつつも受け入れられるようになりたいと思っているからかもしれません。
「神様」川上弘美 [読書]
ほのぼの、不思議なことが淡々と起こる、9編の短編です。
表題作の「神様」は、川上弘美さんの初めて活字になった小説だそうです。
最近、不思議ちゃん系の話で当りがないなぁと思っていたので、最初に「くまに誘われて散歩」なんて書き出しを読んだ時、失敗したかなぁ、と思いました。
でも、全体に主人公が淡々としているからかな、すんなり受け入れられました。
この分かれ目ってどこなんだろう?
不思議ちゃん系の話で、「はあ?ありえないよ」と思っちゃうのと、「いいな」と思えるのと。
主人公の周囲には、ちょっと日常から外れた出来事が起こります。
三つ隣の部屋にくまが引っ越してきたり、梨の子(?)を飼ったり、友達のウテナさんの失恋が「人間界でもっとも奥深い失恋」だと見なされ河童の世界に招かれたり、壷を磨いたらコスミスミコが出てきたり、真上の部屋のエノモトさんが人魚を拾ってきたり。
主人公が淡々と過ごす日々の中で、それらは起こります。
かなり個性的な「不思議」たちです。
読んでいるわたしとしては、
昔気質のくまが、背を向けて主人公が渡したオレンジの皮を食べる姿や。
梨の子(?)の一匹が「ぼくだめなのよ。いろいろだめなの」と言うのを聞いたり。
「もう目覚めなくていいんだ」と言った途端に消えた叔父さんや。
ウテナさんを呼んで、一体何か解決したんだろうか?という陽気な河童の世界や。
コスミスミコの涙や。
えび男くんと主人公の考える、ものの形や。
伝承の世界に足を突っ込んでいるくせに、のど飴が駅前の薬局で安いことを知ってるカナエさんや。
人魚に「このひと」という表現を使う主人公の逡巡や。
荒い息を主人公の顔にかけないようにしている、くまのてのひらや。
そんなものの一つ一つに、刺激を受けたのだと思います。
わたしを刺激する、何かがあったのかもしれないです。
そして、触ることのできない饅頭や、カナエさんの梅入り焼酎や、くまの作った赤ピーマン焼いたのや、飲みまくっているワインや…それらが美味そうで、そこがいいのかも。
食って基本、みたいなところがあるからでしょうか。
そして不思議なことがあっても普通に仕事したり、不思議なものたちと飲んだり騒いだり、それが楽しそうだからいいのかな?
そして今の自分としては、コスミスミコの姿で泣きました。(久々だ!有給もらった今日、銀行でさまざまな手続きの待ち時間で泣いてました)
チジョウノモツレで刺されて死んで、迷って、なんだか壷の中の住民になっているってのに、明るくて能天気で馬鹿っぽい喋り方して酒飲みで、でも料理がうまくて素直で。
そうして時たま彼を思い出して泣いてしまう、コスミスミコが。
長く長く生きて(死んでるんだけど)るのに、きっと人はそこは捨てられないのだと思ったからかもしれません。
そんなコスミスミコがうらやましかったのかもしれません。
世界中の誰でもない、その人にだけ好かれればよかったのに。
その心は、痛いです。
こういうのを考えちゃうのは、興ざめでよくないと重々承知で。
カナエさんの話は異類婚礼譚をもとにしていると思うのですが、日本に流布している異類婚礼譚はちょっと事情が違う気がします。
女性が人間の場合、相手の異類はひどい目に合わされるイメージが強く…猿婿なんかは人情なさすぎで、そっちに腹が立つくらい。
学生の頃、ムカムカしながら文献を読んだことを思い出しました。